吉祥寺の戦前コンクリート建築(2)

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    さて、レーモンドが手本としたもう一人の建築家はオーギュスト・ペレです。

    女子大正門近くに建てられたチャペル・講堂はペレの代表作の一つ、ル・ランシーのノートルダム教会を直訳していることは明らかです(当時彼の事務所にはペレ事務所出身者が所員として参加していました)。


    ル・ランシーのノートルダム 「ART DECOARCHITECTURE」より


    女子大・チャペル

    現在でもチャペル内部は当時のコンクリート打ち放しがしっかりと残されています。ということは、外部もまた打ち放しであったのでしょうか。これも当方には、はっきりとしません

     
    女子大チャペル 内部
    本家ランシーとは違い、単廊式である  照明の形も流用されている

    レーモンドはここではランシー風にデザインされた教会に講堂を複合させ一つの建物としています。昭和13年の竣工で、レーモンドが女子大にかかわった最後の建物になります。



    オーギュスト・ペレ 18741954  建築学会編「近代建築図集」より



    フランス近現代を代表する建築家。エコール・デ・ボザール出身で、19世紀末からコンクリートを用いた近代的な造形の建築を多く生み出した。
    パリのフランクリン街アパート(1903)や、ポンテュ街のガレージ(1905)、シャンゼリゼ劇場(1914)などが知られている。第二次大戦後、フランス北西部の都市ル・アーブル再建の主任建築家となり、この地はペレによって再建された都市として世界遺産に登録されている。

       
    フランクリン街のアパート      ポンテュ街のガレージ

     


    レーモンドが手本としたル・ランシーのノートルダム教会(1923)は、薄いシェルのコンクリート天井を細身のコンクリート柱で支え、壁面にはプレキャスト・コンクリートの格子窓を取付け、それにステンドグラスを嵌めこむなど、独自の世界を構築しています。正面には独特の意匠を持つ塔が建てられています。



    ランシー ノートルダム内部
    身廊と側廊の高さを同じくして、コンクリート格子窓のステンドグラスから
    光が射す、コンクリートの荘厳な空間



    レーモンドが女子大で模倣した、この塔のデザインは彼が基本計画段階で関わった聖路加病院のチャペルの塔にも採用されています。


    聖路加病院(同病院HP写真より)

    いずれにしてもこのチャペル・講堂と正面奥の旧図書館がこのキャンパスのシンボル的建物であることは明らかで、これら二つの建物は通りからもおおよその形を見ることができます。

    但し門を超えて入ってしまうと、警備員さんに誰何されることは間違いないのでくれぐれも注意を要します。


    本館の手前、芝庭を挟んで対に建っているのが東校舎(1927 昭和7)と西校舎(1924 大正13)です。


    東校舎


    西校舎

    どちらも寄棟屋根で箱型の、ある意味単純な建物ですが、そうなったのは教室が並列するプランによるものといえます。
    しかし細部をよく見るとキュビズムの手法が使われているのがわかります。


    西校舎入口の幾何学的装飾  壁面にも細かい凹凸が付けられている

    また、そのシンプルな構造と寄棟の屋根、庇を出した形体が、雨の多い日本の風土にマッチしていて、西校舎(7号館)などは大正年間のコンクリート建築ですが、今でも普通に使えているのがすばらしいところです。


    東校舎南面(妻側) 庇を出した箱型の堅実なデザイン

    もしもモダニズムのフラットルーフ箱型建築であったら、ここまでもたなかったかもしれません(耐震補強工事は成されているようですが)。

    開口部のスチールサッシも当初のものか不明ですが、結構古そうです。我国近代建築史上、貴重な遺産でもあります。



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