吉祥寺の戦前コンクリート建築(5)

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    赤星鉄馬邸は鉄筋コンクリート2階建ての比較的大きな規模を持つ住居で、細長い矩形の長辺を南面させ、中央でくの字に折れた形をしています。

     
    旧赤星邸 左端は後の増築部分

    1階にはテラスがあり、開口を大きくとり、2階の個室部分の窓を連窓として、一部にバルコニーも設けています。また屋上にはプールや庭も造られていました。現在はキリスト教系の建物として一部増築されながらも当初の形を残し現存しています。

     
    テラス部分


    この住宅で採用した連窓や屋上庭園などは、コルビジェの手法から着想を得たものと考えられますが、同時に横広の開口は日本の風土に合わせ通風や日照を確保するため採用した装置ともいえます。


    窓詳細 2階窓には可動テントがいまだついているようである

    それを示すように、建具は日本の伝統にあわせ引き違いで、それを鉄のサッシで作り、上部には庇も設けられています。

    コルビュジェの連窓はあくまでも新しい建築デザインを志向して、窓と壁を連続した一つの面とするシンプルな箱型の外観をもとめたものですが、赤星邸の連窓は我国の風土にあわせ庇を取り付け、壁を平滑な面とはせず陰影をもつ外観となっています。



    竣工時にあった2階屈曲部の穴の開いた庇は欠損している

    竣工当時の写真を見ると、南側の開口部:庇の下には可動式のテントが取り付けられているのがわかります。




    テラスの鉄製パイプも存在している(当初材かは不明)

    このテント:オーニングは短い出の庇を補うものとして竣工時から取り付けられていたことは間違いないのですが、これはオーナーの要望によるものなのかは不明です。

    赤星邸だけではなく、川崎邸やそれ以前に竣工した東京ゴルフクラブ(1932昭和7)でも採用されています。


    東京ゴルフクラブ 「JA季刊 アントニン・レーモンド」より


    レーモンドは1924に完成させた自邸を、自身はじめての打ち放しコンクリートとしていますが、この赤星邸と同年に竣工した川崎邸が打ち放し仕上げ住宅第2弾であったようです。

    現在は白いペイント仕上げがなされていますが、近づいてみると型枠板のあとが残り、打ち放しの痕跡が見て取れます。



    壁面詳細;コンクリート打ち放し型枠板の跡が残っている

    室内に入ると、コンクリートの彫塑性を生かした曲線階段や、壁面を荷重から開放し、大きな窓を開けることを実現したコンクリートの柱を見ることが出来ます。


         


    階段室の奥に見えるのが玄関




    本家コルビュジェ、サヴォア邸の曲線階段
    その向こうの窓、横桟も似ている



     
    エントランス部分 曲面階段壁が外側に現れている

     
    北側、エントランス西奥にある箱庭 灯篭もたぶん当初


     
    玄関


    庇 ガラスブロックも残っている  先端にはしっかりと水切りがとられている


    テラスに面する居間と食堂の開口部は、全面掃き出し窓ですが防犯のために横引きの格子シャッターが取り付けられ、居間と食堂を区切る可動間仕切りも当初から設置されていたようです(現在は当初のものではなさそうですが)。



    サッシはアルミサッシに取替えられている

     
    アコーディオン・カーテンのあったところに、もともと可動間仕切りがあった(右が当初)

    テラスに付けられていた可動テント用の鉄棒や2階窓のオーニング部材も現存しています(当初のものかは不明)。

    この赤星邸や、川崎邸そしてそれ以前に竣工した東京ゴルフクラブは、壁面に装飾が一切なく、屋根もない箱型フラットルーフのいわゆるモダニズム建築で、ドイツのグロピウスなどが提唱したインターナショナルスタイル:国際様式の建築です。


    東京ゴルフクラブ  「JA季刊 アントニン・レーモンド」より


    ワルター・グロピウス 18831969

    建築学会編 「近代建築図集」より

    20世紀前半を代表する建築家の1人。ドイツ出身。1910年代に近代建築の先駆的な建築を設計。新時代の美術造形を目指した学校:バウハウスの指導者になり、自ら設計したその校舎や教員住居も近代建築の典型として知られている。第二次大戦前にアメリカに渡り、教育者としても大きな影響を残した。

     
    バウハウス校舎 1926 「ART DECO ARCHITECTURE」より



    バウハウス校長住居 1923 「バウハウス展図録」より

    おそらくレーモンドはこのスタイルの建築を日本で早くから作り出した建築家の一人でしょう。あるいは本家のコルビジェやグロピウスなどより、竣工させた建物の量は多かったかもしれません。


    後年彼はこれらの建物も含んだ詳細図集を出版していますが、それは日本の多様な風土に対抗してモダニズム建築を作り上げたという自信に裏打ちされた行為であったのではと思われます。


    我国の戦後の復興期に瞬く間に普及した、箱型モダニズムスタイルの病院や学校、庁舎などは、戦前のこの時期にレーモンドがディテールを試行錯誤しながら作り上げた色々な成果に依っていることは間違いありません。


      
    1938年に出版されたレーモンドの詳細図集
    右は赤星邸サッシ詳細図  
    三澤浩 「A・レーモンドの建築詳細」より



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