瓦に関すること − 古い建物の瓦葺替え工事から(3)

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     さて、解体、撤去が終了したところで、今度は補修です。

    文化財クラスの修理工事ではできるだけ当初の材を残しながら修理を行います。屋根修理においても同様で、元の瓦をできる限り再利用します。


    今回の場合、軒先が切り詰められていたので、これを復旧すると瓦の枚数が足りません。



    予算があれば同形の瓦を焼きますが、文化財ではないので補助金もなく、それは到底かないません。したがって今回は現代の既成品を使い葺替えざるを得ませんでした。


    今の製品は昔のものに比べ焼成の技術は上がっていますが、寸法が大きくなり、野太くなっています。形のばらつきは少ないので、葺き上がった時に厳格な印象を与え、風情に欠ける表情に仕上がりますが、民間の小規模工事では工費などの点から既製品の中で古建築にも何とか合致するものを使い、工事を進めていかなければなりません。


    既存瓦 鬼瓦は再利用し、ほかは数枚を資料保存した


    ということにて、今までの瓦は撤去しあらたに新材で葺替えることとなりました。古い瓦は数枚を資料として保存してもらうことにしました。

    切り詰めた垂木も元の長さに合わせた新材に取り換え、ほかの垂木で先端が腐食している部分は補填します。軒裏板は薄板で、劣化が進んでいたため取り換えることになりました。これらも一部を資料保存します。この方針で工事を開始しました。


    まず腐食した垂木掛けの一部を補填し、短い垂木も元の長さの新材に取り替えます。軒先材も補填します。

      
    垂木及び垂木掛け一部取り換え      垂木鼻 一部補修


    新たな化粧裏板は、杉板厚さ3分5厘のものを使いました。いずれも取り替え部分には既存にあわせ古色を施しました。

      
    化粧裏板取り換え中 軒裏面には古色を施しておく


    裏板取り付け終了


    さて、瓦葺きですが、土を使わない、いわゆるカラ葺きという方法をとりました。瓦のピッチにあわせて野地板に打ちつけた桟に瓦を引っ掛けていく方法で、屋根重量を軽減したいときに行われる方法です。これに合わせて、既成の瓦には桟に掛けられるように上端部裏側に突起がつけられています。

    但し屋根は梅雨時など湿度の影響を受けやすいので、瓦桟にはしっかりした材を使用しないと、桟の変形、腐朽によって瓦がずれてしまう恐れがあります。

    極論すれば、すべての瓦を金物で固定してしまえば、大きな地震にも耐えられるものとなりますが、実際には軒先瓦などの重要な部分と各所数枚毎に瓦釘や銅線などでしっかり固定すれば地震時の対策として十分有効でしょう。


    今回工事のルーフィングと瓦桟(引掛け桟)

    裏板取り付けに引き続いて、ルーフィングを貼り、その上に瓦桟(引掛け桟)を打ち付けます。桟は桧の45×15の物を使いました。


    軒先から軒瓦(軒唐草瓦とも呼ぶ)を取り付けていきます。きちっとした軒線の出るように調整しながら並べます。




    今回は費用などの制約から面度瓦を特注することは到底かないませんでした。また場所が庇であるので土蔵本体の防火などに影響がないこと(軒裏は木地)もあり、面度部分は既成の南蛮漆喰を塗りこむ方法にしました。


    既製品の南蛮漆喰

    庇上部の水切り、熨斗瓦との取り合い部分(ここも面度という)にも南蛮漆喰を使います。


    この材料は瓦土に変えて近年多用されているもので、土を練り、調整する手間をはぶいたものです。(ただ、重文クラスの建物で見栄えのある部分に使うのは検討を要すと思います)


    軒先の瓦を固定したあと、下から瓦を取り付けていきます。



    桟に掛けながら数枚毎に釘で固定します。庇の端部(:ケラバという)もラインを調整しながら役物瓦(:ケラバ瓦)を取り付けます。ラインを維持するため銅線で固定します。





    今回補修する庇と直交する下屋屋根とは、袖壁をあらたに取り付けることで高さの不具合を調整することになりました。この部分には銅板の水切りを設置しその上に瓦を葺き上げます。




    反対側ケラバ部分は元の鬼瓦を再利用し棟を納めていきます。鬼瓦と接する丸瓦も銅線で緊結します。




    新しく作った袖壁の上にも伏間(ふすま)瓦(棟瓦の一種)を載せました。




    庇上部には、瓦葺き終了後に左官工事で水切りを施工します。

      

    熨斗瓦(のしがわら)を3段に積み、その上部に水切りを作り出します、端部は曲線で納めます。この当たりは職人さんのセンスにかかってきます。



    左官による水切り


    その端部

    後は仕上げをして終了です。


    出来上がりはいぶし銀に輝いていますが、年月とともに落ち着いてきます。





    現代の材料、たとえばコンクリートの打ち放しは竣工時が一番きれいで、年月が経つとみすぼらしく、あるいは不潔な印象を与えてしまうものも少なくありません。

    瓦のような伝統的な材料は年月が経っても独特の雰囲気を醸出します。


    瓦は日本人が古来から使用してきた、親しみのある優良な材料です。但し、周到な意匠計画としっかりとした施工監理をもって取り組むべきものなのでしょう。


    瓦に関すること − 古い建物の瓦葺替え工事から(2)

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       今秋、川越にある土蔵で庇屋根の瓦葺替えを行いました。

      川越は蔵造りの商家が建ち並んでいることで知られていますが、表通りに面するものだけでなく、敷地内奥にも防火建築は建てられています。その多くが土蔵で、店蔵、居宅とセットになって建てられるのが一般的です。


      店蔵の奥に居宅、土蔵が配されている


       
      今回補修を行ったのも商家に付属する土蔵です。


      この土蔵です 川越でも土蔵は白漆喰仕上げが多い

      棟札によると、江戸時代に竣工したものの関東大震災で被災したため、損傷した壁土をモルタルで置き換えたと記されています。

      内部の壁を観察すると、確かに柱に以前塗られていた壁土の痕跡があり、大きな改修を受けていることは間違いないのですが、木部を観察してみても江戸期までさかのぼれるかは容易に判断がつきません。


      内部詳細 柱の側面に古い壁土跡がのこっている

      古い建物の補修工事で、たとえば和釘の使用が認められると竣工時期を明治初期以前にさかのぼってもよいのですが、今回の補修は庇の瓦葺替えなので、金物などの遺物が出てくる可能性はそれほど期待できません。

      しかしながら今回の補修は、現代とは違う瓦葺き工法を確認できる良い機会です。


      さて、工事前の状況です。

      今回の地震では被害はありませんでしたが、瓦が劣化し多少のズレが見られます。
                    
       

      頂点外壁との接点は何度か改修されているようで、モルタルと鉄板にて処理されていました。どちらも痛みが激しく、放置すれば雨水が侵入して建物全体に悪影響を引き起こす可能性がありました



      軒裏では垂木の先端が腐食していたり、裏板も雨漏りの影響で一部に劣化が見られました。

      また、庇の半分ほどで先端が切り詰められており、この庇に直交する下屋屋根とも納まりがうまくついていませんでした。



      今回工事では、これらの改善を主目的とします。


      ということで工事は解体工事からはじめます。

      瓦から取り外していきます。一枚ずつ取りはずしていくと、その下に葺き土が現れます。




      軒先の部分には瓦の曲線と軒先材(:
      -よど という)との隙間(:面度-めんど という)を埋める役物の瓦:面度瓦が使われていました。


      手前が面戸瓦、瓦本体との隙間を埋めるようになっている


      この部分には瓦座という瓦の曲線を削りだした横材を打ちつけ、それに軒瓦を載せていく方法もありますが、今回は土蔵であったので防火性を重視して面度瓦を使用したものと思われます。

      また、この瓦座の上に1枚敷平(しきひら)瓦という瓦を載せることもありますが、この庇には使われていませんでした。

      瓦を取りはずし今度は土をおろして行きます。



      約6センチ(2寸)ほどの厚さがありました。

      その下には杉皮が現れます。



      杉皮の上には角材が打ってあります。これを土留桟(どどめざん)といいます。

      今回は木の桟ですが、割り竹を使うこともあります。土留桟は文字通り葺き土の動きを留めるのと同時に、瓦に結んだ銅線を巻きつけて、所々の瓦を引き留めることもあります。



      庇上部の一部にある棟瓦積み 銅線で固定されていました


      杉皮は昔の木造一般建築で下地材によく使用されていました。現在ではこれに代わってアスファルトルーフィングが使われています。

      また、寺院など高級建築では土居葺きといってサワラなどの薄板を段々に打ち付けたもの:杮葺きと同じものを下地に使うこともあります。


      杉皮を取り外すと軒裏板が見えてきます。



      この板は厚さが7ミリの杉板で、一般住居室内に使う天井板と同じ厚さのものでした。今回の庇は軒裏を見せる化粧屋根裏なので、裏板を室内と同じものにしたと思われます。

      軒裏を見せない一般の屋根の場合、この部分の板は野地板と呼ばれ9ミリから12ミリ厚ぐらいの板を使います。現在では野地板にほとんどが耐水合板を使っています。



      板をはずすと垂木が現れました。



      土蔵外壁に取付いた垂木掛けはかなり傷んでいました。

      この部分鉄板を入れたりしていましたが、何度か雨漏りをおこしていたのでしょう。垂木掛けは腐朽下部分を入れ換えた跡があります。折れ金物で外壁に取付いているので、外壁が仕上がった後、庇を施工したことがわかります。


      垂木の釘跡を確認すると裏板を1回しか留めていないことがわかります。



      ということはこの庇は造られてから裏板を一度も取り替えておらず当初の材であることがわかります。また、瓦を葺き替えた記録は所有者の聞き取りからは得られませんでした。

      桟などを留めていた釘はすべて洋釘が使われていました。


      このことから、この建物は棟札にあるように、大正12年の関東大震災のあと土蔵本体を補修し、そのあとにこの庇が造られていて、その後大きな改変も無く今に至っているものと思われました。

      以上、材料等を確認しながら撤去した結果、この庇の納まりは図のような構成となっていました。


      庇修理前現状断面図


      瓦に関すること − 古い建物の瓦葺替え工事から(1)

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         大地震に見舞われると、毎回瓦屋根に被害がでています。

        今回の東北関東地震でも瓦屋根は大きな影響を受けました。その多くが瓦のズレや落下で、瓦の重さに耐え切れず建物が損傷した例も多く見られます。大地震が来る度に瓦への信頼も揺らいでしまいますが、
        一体どこに問題があるのでしょうか。


        瓦葺き建物被害の例(建築知識1995臨時増刊より)


        そのあたりを整理してみると,以下の点が考えられます。
         


         1.他の屋根材に比べ重量があり、そのぶん建物の負担になる。

         
         2.年月が経つとズレなど劣化が生じる。

         
         3.それなりの工事費用がかかる。

         
         このほかに、

         4.意匠が古風で重々しく、モダンなデザインにはならない。


        まず1
        .と2.は瓦の宿命といえるでしょう。瓦を葺くには葺土を必要とします。その粘着力によって瓦を屋根に密着させています。そのため、たとえば金属板やスレートなどに比べると当然重量が増し、土が劣化してくると付着力が落ちてずれてくることになります。

         

        3.も瓦工事の宿命です。そもそも瓦自体が鉄板などよりも高価な上に、葺き土を載せながら一枚ずつ丁寧に施工していくので費用がかかってきます。

        4.雨の多い日本では、建物の屋根勾配を高くして庇を張出した形になりました。また、おおらかな屋根は日本建築には欠かせないもので、瓦屋根の美しさが建物全体の印象を決定してしまいます。

          
        大きな瓦屋根は日本建築美の大きな要素
        唐招提寺 金堂・奈良時代      東大寺 法華堂・奈良、鎌倉時代


        逆に現代の建築では屋根をあまり見せずに軽快にすることが好まれています。このように瓦は、洋風瓦を使ったとしても、モダンなスタイルにはなかなかなり得ません。



         では、屋根を瓦にする利点は何でしょうか。


        上に列記した事項を逆に考えて見ます。


         1.建物に一定の重量を与え安定させることが出来る。


         2.防火性がある。


         3.遮音性、断熱性がある。


         4.建物に伝統的な安定感を与え、高級感に富む。

         

        1.庇を張出した日本建築では、大風に飛ばされないように屋根に重さが必要となります。そこで重い瓦を載せることで台風にも耐えることができ、且つ全体に与える瓦の重量が建物を大地にしっかりと根付かせることも出来ます。

         

        .. 瓦は燃えることはありません。屋根面の耐火には適した材料で、城郭や蔵などに昔から使われていました。


        姫路城・江戸時代初期


        川越の蔵造り 亀屋・明治時代


        また、下地に土を使うこともあって断熱性にも優れ、雨音が室内にもれることもありません。但し雪の降り積もるような地域では凍て付いて損傷することもあり、建物には瓦と雪の重量も加わるのであまり向いていません。

         

        4.瓦葺きの伝統的な建物は、オーソドックスではありますが、やはり人々に好まれています。そして鉄板葺きの屋根よりも間違いなく高級感があります。逆に金属板は瓦に比べ断熱性が低く、風にも弱い材料です。

        瓦には数種の形態があり、たとえば重量感に富む本瓦葺きから、京都の町屋に使われる一文字瓦のような軽快な物もあります。


        重厚な本瓦葺き:寺院などに使われる


        軽快な一文字瓦葺き:京都の町屋などによく使われる
         


        以上のように瓦は素材としても意匠性でもいまだ捨てがたい材料です。新築や改装に際しても全体のデザインを勘案した上、瓦葺きの欠点を補いながら使用すると建物に安定感を与えることが可能となります。



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