井の頭弁財天と石造物 2

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     井の頭弁財天に今も残る石の造形物です。造立年は本体に記されていますが、判別不明のものは三鷹市教育委員会発行「みたかの石造物」(平成8年)によります。


    まずは弁財天の境内

    弁財天坐像 境内隅にある七井不動尊という小堂の前にある像で、前記「みたかの石造物」によると延宝4(1676)年造立とのことですが、昭和51年発行の「井の頭の文化財」では元禄12(1699)年とあります。



    いずれにしても江戸初期17世紀の作で結構古く、弁財天境内では最古のものです。
    これと対になる脇には庚申塔が置かれています。古そうではありますが年代は不明です。





    七井不動尊 向拝柱両脇に弁天像と庚申塔が置いてある


    手水鉢
     正徳3(1713)年につくられた、不動尊横にある古い水盤。三百年前の作。



    ちなみに七井とは井の頭池の古い呼名で、七カ所に湧水があり、水量豊富で枯れることがなかったからとのこと。

    これとは別に手水鉢がもう一つ入口燈籠脇に放置されています。安永4(1775)年のもので、境内いずれかの場所にあったものが大正末の本堂消失の際に罹災したものらしい。



    このあたりには古そうな石の部品が錯乱しています。(あるいは昭和初期から置いてあるのか、、)




    狛犬 明和8(1771)年の作。 

      

    どちらかというと愛嬌のある顔をしています。立ち姿はいささか固く、尾の表現など様式化されています。




    石橋 文化14(1817)年。正面入口に設けられた石橋。

      

    欄干柱に「神田御上水」「井の頭辨財天」「湯屋講」「壱番組」といった文字が刻

    まれています

      

      

    湯屋という講(銭湯の信仰グループ?)と壱番組(町火消の組?)が寄進したのでしょうか。
    現在誰もが普通に渡っていますが、約二百年前の江戸文化最盛期につくられたものであることを思うと、なんだか感慨深いものがあります。


    燈籠 天保4(1833)年建立。 弁財天入口、石橋手前に建てられている一対の燈籠。



    台座一番上に「日本橋」と大きく刻まれているのが目に入ります。その下には奉納者の名が列記されています(日本橋の居住者なのでありましょう)。

      

    そろそろ幕末にさしかかる、天保の改革で知られる時期のものです。


    弁財天のある島へは西側からも入口があり、そこにも石橋が掛かっています。古そうではありますがいつのものかは不明のようです。



    その脇、植込みの中に春日燈籠が建っていて、胴に「開園」と刻まれています。



    裏に大正6年:公園の開園年が刻まれているので、開園を記念したものだと思われます。台座は見当たらず、埋まっているのか失われたのか見た所わかりません。





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