志木の町(2)

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     さて、市役所前から新河岸川を南に渡り、旧引又地区に戻っていくと、街中で古そうな建物に出会います。

     
     
    いろは橋を渡り交差点に出るとその角に門が移築されています。


    旧西川家門
     
    西川家という旧家にあった潜り門と説明版にあります。潜りとしてより、一般的な棟門形式で、両袖にも塀が付属しています。門の瓦は移築時に葺きかえられている模様で、寸法が少し大きなものになっているのではとの印象を持ちます。

     
     
    また、この十字路を市場通りから曲がって西に少し行ってみると、土蔵と古そうな倉庫が何軒か建っていました。



    土蔵と倉庫が残る、年月は経っている模様

     

    市場通りに戻り南下していくと、そこにも商家が残っています。


    いろは橋近くの町屋;前に車が止まってしまいました

    街路に面し1階に下屋を設け、出し桁で屋根を張り出す二階建町屋造りですが、防火のため両端:妻面を塗込めているのが特徴的です。
    この処置をしているのは端部から1間ほどで中央は木地を表しています。



    妻側を塗込にした様子

    この形式は志木の他の町屋でも見られますが、隣地に面する部分を防火仕上げとして類焼を防ぎ、中央部は木造であることを表現する合理的な意匠と考えてよいでしょう。
     木の良さと塗りのテクニックを同時に示す様式とも言えます。



    妻側塗込のデザイン
     
     妻側の塗りを見てみると、破風板の線(眉:まゆ、あるいは眉書きと呼ぶ)の凝った意匠やその下に取りついた装飾(懸魚:げぎょ)、あるいは鬼瓦の影盛りなど江戸時代から踏襲された塗込町屋の手法を用いています。
     壁は灰色をしていますが雨の当たらない部分は黒漆喰を残しているようです。したがって鼠漆喰ではなく黒漆喰の退色した姿とおもわれます。

    (現在の川越の蔵造りは黒の塗装が施されてその姿が維持されています。あるいはこの町屋も塗装されているかもわかりませんが、、、)

     南側に取りついている平屋は多分近年の増築でしょう。残念ながら、瓦や破風の意匠が古い部分と合っていません。また、奥にも店や居宅が続いているのが道路から見てとれます。
     
     いずれにしても建物の造り、品格からいって引又宿の繁栄を今に伝える貴重で優良な建物であることは間違いありません。

     

     
    道の反対側、川の近くにも古そうな建物が見て取れます。



    町屋造りの建物と、川筋に面しても建物(居宅?)が見える


     
    もう少し南下するとまた町屋が残されています。



    薬を扱う商家のようで、古看板もいまだに掲げられています。



    南側に居宅への門と塀も備えていて、庭があり、隣地と接近していないためか、妻側を防火構造にしていない町屋の例です。登録文化財であるようです。



    そのまた少し離れたところにも町屋が建っています。



    この町屋も両端妻面と正面端部1間を防火構造にした例です。現在は使われていないようですが、近寄ってみると良材を使った堂々たる建物であることがわかります。



    惜しいことに解体工事がはじめられたようで、往時の繁栄をしのぶ遺産が一つ失われたことになります。



    また、道の反対にも両端防火構造の町屋があります。



    奥には土蔵も残されています。



     
     前掲の江戸末期町割り図を見ると、通りに面した町屋の構えが表現されていますが、その中で街路に建物端部:妻側を見せ、屋根の稜線:破風を表した建物が描かれています。



    この形式を今に伝える町屋が1軒残っていました。



    現在は1階を改造した姿になっていますが、上階と屋根は間違いなく絵図の形式(入母屋形式)を今に伝えている貴重な例といえます。これからも何とか残ってほしい建物です。もちろん復元されればなおよいのですが、、。



    他の商店でも新建材で覆われ、もとの姿を隠したものがありそうです。



    この商店もその例で、屋根瓦が残り、棟に凝った積み方が見てとれます。




     さて、市場通りからはなれ、少し奥に入っていくと、なかなかのものが残っていました。材木を扱う商家です。

     

    かつてのにぎわいを思うとこの規模のものがあっても少しもおかしくはありません。町屋造りの店、付属の袖蔵、ほかにも敷地内には土蔵などいろいろと建っています。



    町屋は材木商の店舗にふさわしく良材をもって造られています。妻面はこの地域のスタイルにのっとり塗込となっています。



    袖蔵も堂々たる建築で2階窓には観音扉が取り付けられています。この蔵の前には煉瓦の塀がありますが、この煉瓦塀も堅実に造られていて古そうに思われます。




    道の反対側にも付属建物があり、木の構造体を露わにしている倉庫(?)や、土蔵も残っています。

     おそらく埼玉あるいは関東地区でもかなり良質
    の商家建築と考えてよいでしょう。このままの姿を何とか維持していただきたいところです。



     少しはなれたところにも窯業関係の炉(と思われる)を備えた古そうな作業所や付属施設があったり、居宅の敷地に残る土蔵も見て取れました。


     





     このように駆け足で歩いてみてもかつての賑わいを象徴する由緒ある建物がまだ残されています。
     これらは志木が新興ベッドタウンとは異なり、江戸時代より繁栄を見た由緒ある都市である事を人々に示し、地域の人々の誇りとなるべく貴重な財産でありましょう。


     但し、現在の経済状況や地域構造の変化が、残された建物の維持、存続を可能とするかは、部外者が考えても困難を伴うことは容易に想像できることで、まずは環境が少しでも有利に改善されること第一なのでしょう。



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